| HOME | 本店 ・レストラン | スモークハウス(工房) | 製品ギフト |
| ノイフランクママの気まぐれ日記 2004年 |
| ママ便りTOPへ |
| 1月31日(土) アットホームな雰囲気 |
| 今日で1月も終る。何もしないうちに1と月が終ってしまう。 朝、ハルをシャンプーする。その後主人が「最近ブラッシングしてなかったな」と毛をすくとかなり抜けてきれいになった。 ノイフランクのレストランには大きめのテーブルが3台しかないので、テーブルでゆっくり食事をしたい方は前もって予約されることが多くなった。 今夜も奥の一番大きなテーブルはパーティーメニュー希望の若い方5人で世界のビールをいろいろ飲まれた。手前の奥のテーブルは「ちゃんとお客さんで食事したことないからいろいろ食べてみたい」とピンチヒッターバイトの香奈ちゃんのご家族3人。手前のテーブルは商工会青年会の本多さんと時田さんのご家族6人が「洋風鍋料理を食べたい」とリクエストがあり、具沢山のポトフに最後ご飯と卵を入れて雑炊にしてきれいに召し上がった。 アットホームな雰囲気で皆さんに楽しいひと時を過ごしていただくとうれしい。 |
| 1月30日(金) ごっつおう便 |
| ユニクロ大好きの主人は、行くたびにシャツやセーター類など買ってくるので、箪笥に収まりきれず溢れている。整理して欲しいと頼んだら着ないものが山になった。どう処分するか。 自宅の裏に物置が並んでいる。中を確かめて整理し、不用のストーブや鍋などゴミ業者に処分してもらうようにまとめる。 暮れに知人より「ごっつおう便」というカタログで選ぶギフトをいただいた。ゆっくり見る暇がなくて今年になってから頼んだ「那須さんの紀州完熟うす塩梅干」が届く。親子3代梅干作り専業農家で農産物品評会で一等賞を受賞、日本一の産地紀州で常に上質をめざしている生産者だそうだ。南高梅の中でも一番大きな4L玉を使用した果肉が多く柔らかくて美味しい梅干である。7%という薄味なのでお茶請けに1ヶ食べると他の梅干の3ヶ分くらいある。大事にいただこう。 午後「たくみ」にピザやケーキの材料を買いに行く。 |
| 1月29日(木) 仕切り上手な人 |
| 先日来の寒さが緩んで温かい。目覚めも早く動きも早くなるから不思議だ。やはり人間の行動しやすい絶対温度というものがあるようだ。 レストランのシェフが風邪で休みだったので早めに出る。レストランは夜7時から某企業の歓送迎会で16人の貸切だった。7時15分になると全員揃っていなくても声のきれいなお姉さんの司会で始まり新しく入られた方の紹介があり、あとは和やかに飲食がすすみ、終わり近くなると、又例のお姉さんの司会で送別の方に記念品贈呈や送る言葉があり、謝辞と新しい方の感想などあり、ほぼ2時間で終わり速やかに退場された。 若い人が幹事をやっていたが、若い人を前面に立てながら全体をうまく仕切っている上司がおられ、きちんとした会社だなという印象をもった。 |
| 1月28日(水) パンフレットの写真撮り |
| 午前9時前に主人はスモークハウス店の冷蔵庫から用意しておいた製品を車に積み込む。9時半ごろ出発。途中デザイナーの川上さん、国立写真館の宿谷さんを乗せて、国立インターから高速に入り都心に向かう。新しいパンフレットの写真撮りを、白金台にある宿谷さんの親戚のスタジオで取ってもらう為である。 スムーズに走り1時間くらいで、首都高を白金で降りて東大医科学研究所横を通り、目黒通りを八方園の横から入って坂を上がった静かなお屋敷街に到着。裏の入り口から入ったスタジオは、玄関側から入ると地下室だった。「スタースタジオ」という。聴けば映画全盛の頃、松竹のスターのブロマイド写真など撮っており人気スターや野球選手が出入りして賑わったそうである。 スタジオの上の応接間でコーヒーをいただき、すぐ準備して撮影に入る。何しろ全製品を並べて一度に取ろうとするからセッティングするだけでも大変である。川上さんの下絵に従って並べ何度も試し撮りをして、OKになったところで包装用の袋をはぎ水気を拭いて又元に戻して本撮り。途中、昼食を挟んで他にもギフト用と表紙の写真を撮り終えたのは夕方5時を過ぎて外に出るとすでに暗くなっていた。 行きと同じ道をたどり、国立インターを降りたところで軽く夕食を済ませ帰宅したが疲れた。 |
| 1月27日(火) 決断の早い人 |
| 主人は「明日パンフレットの写真撮りに行くから足りないものを用意しておいてくれ」と言って出かけてしまった。 先日から印刷屋さんと相談していたが急がないと3月までに間に合わないと言うことで急遽決まったらしいが、他の人の都合などきかずにさっさと決めるのでいろいろ断るのに往生する。主人はやることは早いが時々周りが振り回される時がある。 かご1つ揃えるのでも、今日の明日では揃うものも揃わない。 |
| 1月26日(月) 自家製さつま揚げ |
| 1月は元気良く新しい年を始めたいと思うがなかなか元気が出ない。 しかし周りの状況は確実に動いている。5〜6年先をしっかり見据えながら判断していかなければならない。 終業後、自転車で店を出たところに「きよ多」にいる主人から電話があり私も直行。「自家製さつま揚げ」が美味しくてもう一つ注文しておいてくれたので座るとすぐにアツアツが出てきた。それもハートとダイヤ型。他にも脂の乗ったしめ鯖、タラの芽とさつま芋の天ぷら、げそとわかめの酢味噌和えを焼酎の蕎麦茶割りでいただく。 途中、「休みで1日税金の申告書類を整理していた」トムのご主人が現れて隣の席に。トムさんは体力の限界を感じて繁盛していた店をたたみ、7年間八ヶ岳に引っ込んでおられたが、昨年から再び国立で飲み屋を開業された。「小松さんもそろそろ八ヶ岳あたりでのんびりされたら」「う〜ん、考えていますよ」と主人。「いろいろ悩んでいますよ」というのが本音か。 |
| 1月25日(日) 一日ヴァイオリン |
| 午前中「バロックアンサンブル」の練習。終ると帰宅して軽く昼食をすませて再びヴァイオリンを担いで北ブラザヘ「くにたち市民オーケストラ」の練習へ行く。11月から休団していたので久しぶりである。先日「ニューイヤーコンサート」が終わり、今日は5月の「ファミリーコンサート」の初譜読み。 ムソルグスキー「禿山の一夜」、ボロディン歌劇「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り(娘の踊りも)」、チャイコフスキーバレー音楽「白鳥の湖」より抜粋とけっこう盛り沢山で疲れたが、今日の代理の指揮者永峰大輔氏がまだ若いがきびきびとした指揮と内容説明が的確で好感持てた。 |
| 1月24日(土) ラクレットチーズ |
| 北海道新得農場のチーズを扱うようになってから、フランス製のパーティー用ラクレットオーブンを預かっている。今夜は営業担当小野氏の関係の集まりがあったので久々に登場。半月状のラクレットチーズを設置し切り口に電熱を当てると、チーズが溶けて流れ出す。それをパンやポテトにタップリ垂らして食べるととても美味しい。皆さんワインやビールでたくさん召し上がる。熟成期間中、塩水で丹念に磨き固くなった周り(皮)も熱で焼けパリッとなって美味しいそうなので切り取って「棒だらのようだ」とつまみにしておられた。 店内にチーズ独特の匂いが充満し、途中買い物にいらした大家さんの奥さんが鼻を鳴らして「何の匂い」という顔をされたので紹介すると「チーズ大好きだから今度試食させてね」とおっしゃる。 来週からチーズフォンデュのように耐熱容器に入れ、下からロウソクの火で温めながら溶けたところをパンやポテトにつけて召し上がっていただくように、レストランのメニューに入れる予定である。 |
| 1月23日(金) 早起き |
| 午前中にしなければならないことがあり、珍しく朝5時に起きて仕事をする。 最近寒くてなかなか早起きが出来ない。やはり早起きすると仕事がはかどる。少し気合いを入れてテンションを上げなければ。 今週は夜、貸切の予約が多い。今日も一橋大学のゼミのパーティーだった。若い人が多いと生ビールが良く出る。 |
| 1月22日(木) 中央線人 |
| 最近本屋でタイトルに惹かれて何気なく買った「沿線文化人類学ー中央線なヒト」がけっこう面白い。 電車の沿線によって独特の雰囲気があることは感じていたが、中央線はそんなにお上品でもなく下品でもなく普通だと思っていた。そういう中庸さが好きだったがそう簡単なものではない。やはり中央線沿線に関わる人達を深く観察すると「中央線人」ともいうべき人種(共通項)があるらしい。 「何かにつけてウンチクを垂れてしまう。昇進を狙ってガツガツするなんて馬鹿げている。金持ちに見られるのは恥ずかしい。焼き鳥屋で一杯やるのが好き」等々。要は見栄をはらずどちらかというと精神的に自由で居心地の良さを求める人が多く、いわゆる文化人やアーティスト、ミュージシャンが多い。そして海派の軽薄さを嫌いだんぜん山派が多い。それもそのはず中央線は高尾や遠く中央アルプスまで繋がっている。そして中央線には神様の気が来ているとか・・・? 中央線の成り立ちや中央線人のルーツから、駅ごとにその町の特徴や案内があったり、中央線の不思議な魅力を分析した楽しい本である。 |
| 1月21日(水) 体内時計 |
| 先週あたりからホームページを転送する時「今日変更したファイルを転送する」をクリックするとこれまで1〜2枚ですぐに完了していたのに、2000枚以上あり時間がかかり途中でエラーになることが度々あった。パソコンの先生がいらしてビルダーだけ見ていたときは原因が良くわからなかった。 昼過ぎ、前夜チーズの注文メールを入れたのに返事がないのでおかしいと思い「送信済み」の履歴を見ても最後のあるべき欄にない。昨夜寝ぼけていて間違えたかなと再度メールを書いているところに小野氏より「チーズの注文送られましたよね。送信日時が2002年11月24日になっていておかしいから調べてみたら」と電話が入る。履歴を見ると確かにその日付でトップにある。 小野氏からはすぐに返信メールで親切にも「マイコンピューターのコントロールパネルから「日付と時間と地域の設定」を開き修正してください。」とあったので開いてみると果たして2002年11月25日タイムスリットしており、現在の時間に修正するとホームページの転送も正常になった。 パソコンも体内時計が狂うといろいろなところに異常をきたすようだ。 |
| 1月20日(火) 同級3人で新年会 |
| 昨年4月から一緒に母校の卒業生会のクラス委員をしている3人で新年会をする。12時に西武池袋線の中村橋から徒歩5分くらいの地下にある名前は忘れたが美味しくて安いフランス料理店に集合。コックさんのお父さんと給仕の息子さんの2人でやっているので時間がかかるが、ランチコース1500円はボリュームがあり美味しくて、ゆっくりおしゃべりしながらいただく時はとても良い。 今日も海の幸のマリネ、よもぎのスープ、野菜、白子、魚のクリーム煮、パン、クリームデュプレ、コーヒーで3時頃まで過ごす。 そのあと又歩いて5分位の篠崎さん宅で次の委員への引継ぎや4月のクラス会のことなどを決める。親のこと、ダンナのこと、子供のことなど同級生は何の気兼ねもなく話せて楽しい。 夕方帰る時になって私のマフラーがない。レストランを出た時温かくて、しないで手に持っていたのが良くなかった。いつのまにか落としたようだ。帰り道訊いて廻ったがなかった。 |
| 1月19日(月) 猫犬 |
| 朝からみぞれのような雨が降っている。 犬の散歩をおしっこだけで早々に帰ってくる。最近我家の犬はコタツが気に入りもぐりこんでいる。猫のようだ。 うちの店で長年働いている販売の人が異常があったので検査したら手術をすることになり、後の療養もあるのでいろいろ段取りが決まったら辞めるという。頼りにしていた人なので急な話で対策を考えなければならない。 |
| 1月18日(日) ニューイヤーコンサート |
| 夜降った雪は止んで晴天である。 道の雪は消えていたが、いつも犬の散歩に行く公園にはサラサラとした雪が積もっており雪ダルマが出来ていた。 午後、くにたち芸術小ホールで開かれたくにたち市民オーケストラの『ニューイヤーコンサート』を聴きに行く。最初の「カノン」が終わり、稲垣先生のモーツアルト「クラリネット協奏曲」が始まるところだった。客席は満員で立って聴く。休憩を挟んでアンダーソン「トランペット吹きの休日」、ヒース「フローリック・フォー・トロンボーン」とどれも指揮者がいなくて前で演奏するソロの人の合図で始まる。最後のシュトラウス「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「美しく青きドナウ」はコンサートマスターの合図だったがどれも耳慣れた曲で楽しく聴くことが出来た。もう2〜3曲あっても良いくらいだった。 |
| 1月17日(土) ミネソタ会 |
| 朝からどんより曇っている。昼頃からチラチラと雪が舞う。 こういう日は外に出たくない気分だ。会計の伝票の整理をする。 夜は娘のように親しくしている美保子ちゃんが、ミネソタの大学に留学している時に訪ねていった同年輩の友人たちと「ミネソタ会」と称して年に数回集まるがその新年会がノイフランクであった。私も良く知っている人達である。都合の悪い人が多くて5人だった。常連の盛二郎くんはお腹に来る風邪がひどくて今日はお休みだったが、途中「みんなに挨拶だけ」と元気のない顔で現れた。頬がこけて気の毒だった。 みんな若いので良く食べ、千葉から来ていた由美ちゃんは先に帰ったが他の4人はこれから又、美保子ちゃんの家で飲むんだと雪の中を帰っていった。 |
| 1月16日(金) 健康法 |
| 朝食は牡蠣雑炊。冬の朝食は雑煮や雑炊など温かい汁物が多い。 この数年、朝食は必ず食べるが、その他は基本的に空腹になったら食べることにしている。ご馳走を食べた次の日は控える。お腹がすいてないのに無理して食べるのをやめてから調子が良い。 人間の体は歴史的に飢餓には対応できるが、現在のような飽食には対応できない、だから成人病が増えた。という話を読んだことがある。 我家の犬を見ていても具合が悪いと何も食べないでジッと寝ている。人間も具合が悪い時は食べないほうが自然治癒力も高まるような気がする。 あと生水と柑橘系の果物をしっかり取ることで体内に酸素を取り込むことが大切だという。昨日来た叔父も「昔、水前寺の水飲み会に行っていたことを思い出して毎朝コップに1杯水を飲んどるけどこれは良かバイ」と言っていた。 今日は週末らしく、ディナーが賑わう。 |
| 1月15日(木) 寒い一日 |
| 11時の新幹線で京都に帰る叔父が、5〜6年前に越した国立北の私の家へ行ったことがないと言うので9時前に車で迎えに行く。1階が工場で2階が住まいである。 主人が工場の中を案内し(と言っても一目で見渡せるが)、自宅に上がってもらいたかったが時間の余裕がなく「またゆっくり来てくださいね」とそのまま国立駅まで送る。元気だった叔父も80歳になり、腰も少し曲がり歩くのも遅くなったので、東京駅で中央線からかなりある新幹線のホームまで間に合ったか心配になる。 今日も風が冷たい1日だったが、レストランは賑わった。外を歩くよりどこかに入って温かいものを食べたり飲んだりしたい気分なのだろう。 |
| 1月14日(水) 思い出 |
| 連日お稽古初めで、今日はパソコンの先生がみえた。 新しいホームページの手直しをした後、お茶と我家の美味しい黒豆(妹の手作り)を出して今年の抱負を語る。 その後、富士見台の石田さん宅へ自転車を走らせる。昨日「岡山風の雑煮を食べにいらっしゃい」と電話があり、親しくしている小林、山野さんと4人で新年会をする。 干し柿、インゲンの和え物、ホタテとトマト、ハーブのサラダ、タコと胡瓜のキムチ、持参した黒豆がどれもすてきな器で出される。メインの雑煮は大ぶりのお椀に、大根、豆腐、伊達巻、青菜、厚切りのブリがタップリ入った薄味の清し汁で、美味しくてきれいにいただく。 20年来の付き合いなので、以前みんなでアメリカの学生をホームステイした時のことなど懐かしく思い出す。 夕方、「叔父さんが来ている」と電話がありノイフランクのレストランへ。私の父の弟で、現在京都に住んでいるが上京すると私たちを訪ねてくれる。仕事の終った妹も一緒にロールキャベツやポテトサラダ、スライスハムやソーセージの入ったサラダ、ポテトとコーンビーフのチーズ焼きなど、叔父も食べやすい柔らかいものをビールでいただく。 小さい頃、正月2日目は質屋をしていた祖父の家に6人兄弟の家族全員30名余が集まり賑やかで楽しかったことなど思い出す。叔父は妹の家に泊まるので送っていく。 |
| 1月13日(火) 特大カレンダー |
| 午前中歌のレッスン。年初のお稽古日には必ず先生ご自慢の黒豆をいただく。濃厚な蜜をしっかり含んだ黒豆は少しねっとりしてとても美味しい。 お正月の話などして歌の時間は少なかったが「からたちの花」も清き女神よ「ノルマ」も気持ちよく歌えた。 業者からのカレンダーが少なくなった話をしたら「もらい物だけど好きなものを持っていって」と大きなカレンダーをいくつか出してきてくださったので、平山郁夫の絵が描かれたものと日本地図がのったビックカメラの特大カレンダーをいただく。日本地図のは部屋の中には貼るスペースがなくてトイレに貼る。 |
| 1月12日(月) バロックアンサンブルの練習 |
| 長年「成人の日」は1月15日だったので、どうも1月の第2月曜日(つまり今日)だと言われてもピンとこない。 午後は「バロックアンサンブル」の初練習日。12月初めの練習以来ヴィオリンを開けていなかったので弦が切れていないか不安で,それは大丈夫だったが最初に通したヘンデルはちょっと危なかった。感を取り戻すのに少し時間がかかったがだんだん調子が出てくる。今年はいよいよ6月に自主演奏会を開く。 |
| 1月11日(日) 歳末の反省会 |
| 風邪気味なのか疲れが出てきたのか何もしたくない。 家でダラダラ過ごし夕方から店に出る。連休のせいか店も忙しかったようだ。 8時終業後、ミーティング。11月後半からの歳末ギフトの反省と今年の予定など。クリスマスにはそれ用のオードブルの注文をとったほうが良い、ギフト用には100g単位や500円位のパックを用意しておき、箱詰めがすぐ出来るような対策とおせちやお年賀用ギフトをもっと考えた方が良いとの意見が出た。忘れないようにしっかり書き留めておかねば。 |
| 1月10日(土) 新年会 |
| 妹が風邪気味で調子が悪く早退したので昼頃から店に出る。 週末で昨日より暖かくなったので人も出てくる。 レストランには毎年友人3人とノイフランクで新年会をする学生が今年も来てくれた。ビールと料理を片っ端から頼む。ビーフシチューを一口食べて「美味いなー」「おまえ泣くなよ」味わいながらどれもきれいに食べてくれて今年は1人6000円近かった。帰りに「ここで新年会をするのが楽しみで3回目です」「憶えていますよ」と言ってドリンク券とカレンダーを差し上げる。 |
| 1月9日(金) 青春切符 |
| 昨日ほど風はないが冷たい。空気が乾燥して目や鼻、喉が乾く。 国オケの本番(1/18)前日の練習場所のことであちこち電話する。私は今回「ニューイヤーコンサート」には出ないのだが、渉外係なので何かあると連絡が来る。 年末からのBSE騒動でアメリカの牛肉が輸入禁止になり、オーストラリアの牛肉が引っ張りだこで問屋にも入らないらしい。ノイフランクの数少ない牛製品も原料が入らないので製造を中止しなくてはならないかもしれない。ソーセージの原料の豚肉も値段が急騰しており、主人は頭を抱えている。 夜「きよ多」へ行く。先に来ていた主人はひれ酒が4杯目くらいだろうか。シゲちゃんから青春切符で名古屋の実家へ帰省した話を聞く。「青春切符って誰にでも売ってくれるの?」「目がキラキラと輝いて青春している人は大丈夫」「その頭で、中学生にでも間違えられたんじゃないの」「フッフッフッ」私と同年輩のシゲちゃんは笑いながら坊主頭を撫でる。 |
| 1月8日(木) 初日 |
| 天気は良いが冷たい北風の吹く寒い一日。 今日が今年の初日。つり銭や店の財布を持ち帰っていたので急いで持っていく。冷蔵庫やケースの中は年末に掃除をしたが、窓ガラスが汚いので磨いていると、昨日からお隣の画廊「岳」で個展を開いておられる松尾孝明さんにお会いする。 茶道具を中心に、登り窯で焼いた味わい深い陶器を作られる。久しぶりなので楽しみである。 テーブル用の花や今年の大きなカレンダーを買ってきて飾る。 レストランはまだ準備の出来ない11時半の開店前から待っている方があったりして、ランチは賑わったが寒いこともあり夕方から夜にかけてはお客様も少なく早めに閉める。 |
| 1月7日(水) フランス料理店「シエ・ヤマ」 |
| 昨夜遅くまで飲みすぎて朝食欲がないし、喉もいがらっぽい。 それでも今日は私の誕生日ということで、山の手の住宅街にあるフランス料理の「シエ・ヤマ」でランチをいただく。海老料理がメインのコースが1000円でとても美味しい。 まだうちの子供たちも小さかった頃、ヨーロッパで修行されたシェフが始めたばかりのこのお店で食事をしたことがある。隅にベビーベッドが置いてあったのが印象的だった。偶然にもその頃私がお料理を習っていた先生がそのシェフとスイスの大使館で一緒に仕事をしておられたそうだ。ずっとご夫婦でやってこられて、今ではお店もきれいになり、その時赤ちゃんだった娘さんが手伝っておられて繁盛している。今日も新年会の団体があり満員だった。 夕方、帰る前に母を見舞う。母の顔を抱くようにして頬を寄せ「お母さん又帰ってくるまで元気でね」と言うと開けていた目をキュッとつむる。主人にも同じようにするのでそれが母の返事のように思えた。 再び兄に空港まで送ってもらい飛行機に乗り、自宅に帰り着いたのは10時半頃だった。 |
| 1月6日(火) ふぐづくし |
| 主人と兄は朝からゴルフに出かける。私は年賀状を書き、午後それを出しながら別府駅から海の方へ繁華街を歩いて下り、北浜にある温泉でゆっくりする。何しろ別府は温泉町なので町中いたるところに安く入れる温泉がある。もちろん家にもあるが、広いお風呂や、露天風呂に入りたいと出かけていく。 嫁って31年、別府も私の故郷だと感じるようになった。 夜は実家の隣で内科医院をやっている姉夫婦も来て、兄弟3夫婦でふぐ料理をいただく。暮れから出入りの魚屋に注文してあったそうで、大皿盛りの厚めのふぐ刺し、姉が作ってくれたふぐの皮やおとしの肝合え、ふぐの唐揚げ、ふぐチリ、最後に雑炊、なまこに大根おろしとポン酢をかけたものも美味しい。主人の一家は思っていることを何でも話すし議論好き。その上みんな飲ん兵衛で良く喋るのでそれはそれは賑やかである。 それにしてもふぐと日本酒は何と良く合い美味いのだろう。 この中にあのもてなし上手で楽しい母がいないのが寂しい。 |
| 1月5日(月) 母を見舞う |
| 朝5時過ぎに家を出て、電車、モノレールと乗り継ぎ羽田へ。8時半発の飛行機で別府の主人の実家へ行く。10時ごろ到着。兄がむかえにきてくれた。母が倒れてすぐ帰って以来1年半近くなるだろうか。今年92歳になる母はずっと意識のないまま寝たきりで入院している。 病院に見舞うと思ったより顔色も良くふっくらしている。ちょうど食事時で流動食が管で胃に送られている。主人が「尚だよ。会いに帰ってきたよ」と耳元で声をかけると目を開けてジッと見つめる。口も動かしそうになる。何も言えないが反応があるのはやはり解るのだろう。やせた手をなでると、以前来たときは握り返してくれたが、動かさない指は固まっている。 兄嫁は以前父がやっていた眼科医院の跡で、ケーキや菓子材料の店とパン教室をやっている。その隣で兄がしばらく「ノイフランク別府店」をやっていたこともある。 母が入院している病院はそのすぐ前なので、兄たちも毎日見舞うことが出来るししっかり診ていただいているので安心のようだ。主人は高校が同級の院長に会いに行った。 その後、実家に行きお昼を食べゆっくりして、午後新しく出来た町営の温泉に入りに行く。 |
| 1月4日(日) 留守にする前 |
| 明日から3日間留守にするので、本店に行き郵便物の整理や植物にタップリ水をやったり留守電に営業日のお知らせを入れたりする。 やはり花壇に水やりをしておられる大家さんの佐野さんにお会いしたので新年のご挨拶をする。 明日からスノーボードに行く悟郎君、太門君、佐俣君が店の中でボードを磨いていた。 主人は夕方から暮れの30日に亡くなられた広瀬オーダーの父上の通夜に行く。 私は早めに夕食を済ませてまず親戚や主人の友人達に年賀状を書く。 |
| 1月3日(土) 年初の警鐘 |
| やっと夫婦水入らずの静かなお正月になった。 楕円の赤絵で縁取りした銘銘皿に残りの数の子、きんとん、なます、かまぼこ、田作りをきれいに盛り、まだタップリある黒豆は別の小鉢に入れ、燗を1本つけて雑煮をいただく。 午後、三浦屋の従業員がおせちのお詫びと返金に来た。2日目の年始客用にと頼んだ、中華おせちの海老が傷んでいるからと31日夜電話があった。1日の朝臭うのでそれだけ捨てたが2日によく見ると周りのものも傷んでおり気持ちが悪くて全部廃棄する。三浦屋の中華は美味しいと聞いて頼んだものだったので新年早々裏切られたような残念な思いだった。60数件あったそうで、店長初め手分けしてお詫びに回っているという。三浦屋にとっても大きな損失である。 食品を扱っているものとして他人事ではない。細心の注意をせよとの警鐘だと肝に銘じる。 夕方主人とハルの散歩を兼ねて、近くの稲荷神社と弁天八幡宮に詣でる。 夜やっとゆっくりパソコンの前に座ることが出来、日記を書いたり、12月中にはやる気のしない年賀状を作る。 |
| 1月2日(金) 年始客 |
| 朝、おせちと雑煮をいただくと寝そべっている主人を自室へ追いやり長女と部屋の掃除。居間にあった本棚を隣の部屋に移動し、その後に先日買ったワインラックを置く。今日は夕方から年始客が集まる。 手分けして買い物をし、その後主人も手伝って3人で「春餅(シュンピ)」の皮作り。失敗も少なく、上手く60数枚焼き上がる。以前にも書いたがこれは我家のもてなし料理で北京ダックを応用したもの。 夕方5時頃、弟夫婦がくにたち苑に寄って母を見舞ってから来る。母が「80歳記念に熊本へ行くからリハビリやらなきゃ」と張り切っていたそうだ。 とりあえずおせちのお重を出し、急いで春餅の具を5〜6種類用意する。さっき焼いた皮に八丁味噌をベースにブレンドした味噌をぬり、白髪葱、焼き豚、ハム、ニラ玉、フライドポテトなどをのせ巻いて食べる。これにはビールが良くあう。 やがて佐俣君と大谷さん親子が来る。浜岡さんも次男を連れて現れる。居間のコタツは満杯。ハルはみんなの間をうろうろしながら興奮している。 豚シャブ鍋をみんなでつつく。最後に弟が持ってきてくれた知人の手打ちうどんを同じたれでいただくと美味しかった。 大谷さん達が駅前のケーキ屋さんで13種類のケーキを2ヶずつ買ってきてくれた。みんなが好きなものを食べても大量に残り、家族の多い弟や浜岡さんにおみやげに持って帰ってもらう。子供たちにお年玉を渡し、お開きになったのは12時近かった。 |
| 1月1日(木) 新年の祝い膳 |
| 暖かく穏やかな元旦の朝を迎える。 家に戻り、塩抜きしておいた数の子を味付けしたダシ汁につける。その後ハルの散歩に行き、お風呂に入って、ハルもシャンプーしてきれいにする。 主人がハルを連れて歩きで、私は自転車で1日から開いている西友に寄り昨日買い忘れた雑煮用の鶏肉を買い妹宅へ。すでに長女が来ており輪島塗の三段重におせちを詰めている。 母を起し身支度を手伝い、全員がテーブルについて、お屠蘇を年長者の母から廻して飲み、新年の祝い膳をいただく頃はもうお昼近く。 昨日、丸井の京漬物屋で買った紅白なます、かまぼこ、私の作った酢バスと数の子以外は、3日前から作りふっくら煮上がった得意の黒豆や栗きんとん、田作り、金柑の甘露煮、冬野菜と鶏肉の煮物、スモークサーモンのマリネ、鮭のテリーヌなどすべて妹の手作りでとても美味しい。主人は燗をつけた日本酒がすすむ。母も好きなものばかりなので潰して口に運ぶとどんどん食べる。 雑煮作りは私の役目で、昆布とするめで取っただし汁で、大根、人参、鶏肉、えび、かまぼこを煮て味付けし、小松菜、三つ葉、焼いた玄米餅を入れて大ぶりのお椀に盛る。みんな汁まできれいに食べてくれた。 母は3月で80歳になる。「記念に熊本へ行こうね」と話すと喜んでご機嫌だった。3時にお迎えのタクシーが来てくにたち苑へ送っていく。 夕方、私は明日の朝用のおせちをお重に詰めてもらい、他にも荷物を自転車に積み、主人と長女はハルを散歩させながら自宅へ帰る。 |