ノイフランクママの気まぐれ日記 2005年
ママ便りTopへ
8月31日(水) マイペースで 
午前中タップダンスのレッスン。1時間半ステップを踏み大汗をかく。
昼過ぎ、久しぶりにパソコンの植田先生と会い、富士見通り公民館の3軒手前のビル2階にあるリストランテ「ラティーニ」で食事。彼女は4月から実践女子大で管理栄養士の勉強をしている。若い学生に混じって社会人枠(数名採用)で入ったが、20歳以上ある年齢差は思っていた以上に大変で、講義、実習、レポート、試験とついて行くだけで必死だったそうだ。
朝テレビでみた「水木しげる」が小学校時代宵っ張りで朝起きるのが遅かったが、睡眠と朝食はしっかり確保して、毎朝2時間目から登校した話が面白かったのでその話をする。真面目に頑張る人なので、体を壊したら元も子もないから「無理な時は無理」と開き直ってマイペースでやることを勧める。
8月30日(火) 女4代
10時ごろ次女が孫のミウを連れて遊びに来た。3ヶ月半になる。ベッドに寝かせるとすぐに寝返りをして、眠いのでぐずって泣いていたが、そのままうつ伏せになって寝てしまう。
昼頃一緒に特別養護老人ホーム「くにたち苑」の母のところへ行く。母にとってはひ孫である。「名前は?どんな字?」ときき「ミウちゃん、ミウちゃん」と何度も大きな声で呼びかけていた。昼食の後で寝そうになるのを起しながら、苑の職員に女4代揃った写真を撮ってもらう。
その後、桜通り沿いにあるイタリア料理の「ピエトロ」に入り昼食。子供づれの若いお母さんたちで賑わっていた。ミウは平らにしたベビーカーで寝てくれたのでゆっくり食事をすることが出来た。お乳がタップリ出ることもあるが、夜中も起きないでよく寝るので助かると言っていた。
8月29日(月) 昭和快女伝
さすがに疲れて銀行の用事を済ませると、寝っころがって読書。明治後期の生まれで激動の昭和を自分らしく、しなやかに、前向きに生きた15人の女性の「昭和快女伝」が面白く一気に読んでしまう。鈴木真砂女、北林谷栄、飯田深雪、丸木俊、加藤シズエなど子育てをしながら各分野で活躍して長生きした猛女ばかり。地域雑誌「谷中・根津・千駄木」編集人、森まゆみさんが実際にお会いして話を聞きながら書かれたもので、各人の語り口、生き様はまさに「人生の達人」潔さを感じ励まされる。
8月28日(日) この夏最後のイベント
今日は午後3時からこの夏最後のイベント「生ビール飲み放題、ソーセージ食べ放題」の日。ランチは2時までで終わり準備する。外のテラスにはバーベキュー用のコンロに炭を熾し、丸テーブルの他に長テーブルも2台出してセッティングする。
2時半頃から家族連れやカップルなど行列が出来て3時開始と同時に30数席が満杯になる。1人90分なのでその後4時半、6時、7時近くなると長蛇の列。「前売り券を買ったのに時間内に入れないのか」と文句を言う人もあり、6時ごろの入れ替え後に並んだ人から順番に名前と人数を聞き、空いたところに入っていただく。主人は酒屋さんに頼んでビール箱を持ってきてもらい臨時の椅子とテーブルを用意したら大学生が喜んで座ってくれた。曇り空でそんなに暑くなく、行列した人達も帰らずに1時間位待ってくれた。最後ここまでと打ち止めにした5人のグループが入ったのが8時。9時半に無事終了した。
ずっと行列が出来るほど一杯だったことは初めてで、社長を筆頭に12人のスタッフで分担を決めてやったがてんてこ舞い。特に人が入れ替わる時は、皿もグラスも足りなくなるほど。生ビールのサーバーもビックリしたのか注ぎ口がおかしくなって溢れたりした。いろいろ不手際はあったが、150名のお客様にノイフランクのいろいろなソーセージと3種類のビールを楽しんでいただくことができた。

8月27日(土) 助っ人  
スモークハウス店では8月の親子ソーセージ教室が開かれ賑わった。普段の製造も多かったのでみんな朝早くから出勤して製造する。
本店も今日は持ち帰りの箱詰めが多かったり、ランチには1度に14人の団体があったりしてお客様が続いたので、ティータイムはお休みした。ディナーも5時の開店を待ってお客様があり、「明日の飲み放題来れないから今日来たわよ」と言って5人でビックリするくらい飲まれるグループがあったりして、閉店までずっと忙しかった。
夕方からのアルバイトが休みで困っていたら、タイミングよく助っ人カナちゃんがお母さんと午後買い物に来てくれた。夕方からと明日のアルバイトを頼んだら、快く引き受けてくれて助かる。
8月26日(金) すでにお父さん  
台風一過。朝から暑くなる。
この夏、親しい人が続けて電撃結婚された。そして2組ともお祝い返しをノイフランクの製品にして下さった。今日は後から結婚された方の箱詰めをして発送する。
先に結婚した夫婦は来年3月に赤ちゃんが生まれるそうで、先日店に来た時、奥さんがご主人のことを「お父さん」と言っていたのは笑えた。
8月25日(木) 台風
台風到来で朝から大雨、1日断続的に降り続く。
夏休みが昨日までで良かった。今日だったら帰れなかったかもしれない。夜も8時で閉店する。
8月22日(月)〜24日(水) 別府での夏休み
今日から3日間夏休みなので、私たち夫婦それに主人のゴルフ仲間のシュクヤさんと別府の主人の実家へ行く。やはりゴルフ仲間のワタナベさんが、この春から奥さんの実家の萩で病気療養中なので、久しぶりに別府で落ち合ってゴルフをすることになった。
10時半ごろ大分空港に着くとちょうど、ナベちゃん夫婦も車で到着。実家でひと休みすると主人の兄を加えた男性4人は早速ゴルフ。私とナベちゃんの奥さんのヨシコさんは縁側も窓も開け放した畳の部屋で昼寝。庭の木立からはせみの声と気持ちの良い涼風が吹き抜けていく。
夜はふぐを食べさせる店で、刺身、唐揚げ、お鍋、雑炊とふぐコース。大分は日本で唯一ふぐの肝をポン酢に入れて刺身を食べる。コクがあってとても美味い。またひれ酒とよく合う。みなお腹一杯食べて満足。
次の日は兄のゴルフ仲間「お達者会」のゴルフコンペ。雨が降ったりやんだりしていたが、男性陣を送った後、私とヨシコさんは由布院へ。美術館を見たり、落ち着いた雰囲気のお店で食事をしたりお茶を飲みながらゆっくり話をし、ショッピングを楽しんで、夕方ナベちゃん夫婦は明日治療があるからと萩へ帰って行った。最新の治療薬が出来たとはいえ1年間の治療は苦しい。夫婦でやせていた。ちょうど体調の良い時で、久しぶりに気のおけない友達と会い、ナベちゃんも嬉しそうだった。
3日目は午前中、兄夫婦と母のお骨を別府にあるお寺の納骨堂に納めて、午後、新装した大分水族館「うみたまご」と高崎山のサルを見学して帰途に着いた。
海山が近くて温泉があり気候も温暖な別府は良い所だ。ゴルフ場も近くてとても安い。リタイアして帰郷してくる人も多いという。私達ものんびりと楽しい時をすごすことが出来た。
8月21日(日) 楽しく弾く
午前中バロックアンサンブルの練習。難航した選曲もだいたい決まった。他に有志でやっている室内楽の会で2曲ほど入れることになった。
数人お休みがあったが、それでもヴァイオリン各5人、ヴィオラ、チエロが各2人それに鍵盤楽器とバランスもよく、弾いていて楽しかった。
店は明日から3日間休みになるので、閉店してからショーケースや冷蔵庫の中を綺麗に掃除する。
8月20日(土) 秋を感じる
風はあるがじりじりとした日差しが強い。湿気もある。
夏バテしたのか愛犬ハルは調子が悪く食欲がない。
こういう日はやはりビールなのか、レストランは閉店まで忙しかった。帰り道自転車を走らす頬に当る風が早秋を感じさせてくれる。
8月19日(金) 冷蔵庫も夏バテ
9/11が選挙になってくにたち市民オーケストラの練習場所がどこも使えず、商工会のホールを頼まれて申し込みに行く。
昼頃から店に出て昨日頼まれた多量のギフトの荷造りをする。
このところ冷蔵ショウケースの調子が悪いので、伊藤冷凍機さんに電話するとすぐに飛んできて修理してくれた。やはり機械も過熱するのでほこりを取り、水をかけて冷やした方が良いようだ。排水の管も終業後はずしてみると汚れが詰まっていた。他の冷蔵庫も空気の取り込み口周辺を丁寧に掃除する。
終って先に行って飲んでいる主人とラグーで食事。「ゴーヤチャンプル」と「オムライス」が美味い。
8月18日(木) 地震
残暑が厳しい。16日宮城県沖でおきた地震で仙台に住んでいる叔父を心配したが大丈夫だった。それにしても地震は恐ろしい・・・
残暑見舞いのギフト依頼が多い。レストランも木曜の夜は忙しい。
8月17日(水) 壊れる日本人
柳田邦男著「壊れる日本人」を読んでいる。「異常」に気づかない日本人へ、ケータイ・ネットが生み出す「負の遺産」とは?豊かな心と言葉を失う前に今、見直すべきこと。と帯に書かれている。少年犯罪や企業の重大事故など、元をただせば急激なIT革命によって到来したケータイ・ネット時代という情報環境の影響が大きいことを様々な実例を徹底検証し、あいまいゆえに豊潤だった日本文化の蘇生を訴えている。現在そして未来の日本を考えさせられる一冊である。
8月16日(火) 歳月  
午前中、歌のレッスン。私の次が友人のカトウさんだった。子供達も同級で以前市民オケにも一緒に入っていたし、習い事も一緒だったりと縁が深い。久しぶりに会っても情報交換で忙しい。

奈良から帰省していたアンザイ一家(6人)は今日が最終日。終業後、親しくしているハマオカ一家(5人)、それに我々夫婦も全員フクマ家に集合した。大人8人、子供7人それぞれに大変な賑わいだった。子供といってもハマオカ家の兄ちゃんは大学生、一番下のミナミちゃんとアンザイ家の長女ノヤマちゃんが中学2年と3年で、ノイフランクで修業中に生まれたので、みんなでよく遊んだものである。子供たちを見ていると歳月の速さを感じる。
8月15日(月) 終戦記念日 
今日も1日パソコンの前で会計の仕事。お盆休みのところが多くて、本店のレストランは忙しかったようだ。
新国立劇場の合唱指揮者で音楽ヘッドコーチであり指揮者として活躍中の「三澤洋史」氏は国立在住でよくご夫婦で買い物やレストランに来てくださる。10月にレストランの貸切予約をして下さった。三澤氏を囲んでの集まりだそうでホームページを訪ねると、三澤氏の音楽や食べ物や家族のことなど思うままに書いておられるエッセーがとても楽しい。
今日は60回目の終戦記念日。テレビでも特別番組をやっている。主人の両親、とりわけ父親は若い頃から韓国や中国で生活し、引き揚げてきた。戦争中は軍医として携わっているはずだが、主人は「親父から戦争の話は聞いたことがない」と言う。主人の父が一方的な言い方や断定的なことや押し付けがましいことを言ったの聞いたことがない。そういう言い方をする人があると、おだやかに違う見方の意見を言った。私はそういう義父のおおらかさやバランス感覚が好きである。
8月14日(日) 
主人も私も休日。相変わらず暑くて外へ出て行く気もしない。
店の会計の整理をして、3度の食事作り、洗濯、たまった洗濯物たたみ、犬の散歩、合間にテレビを見たりして1日終る。
ゴロウ君宅からいただいた一宮の桃が美味い!
8月13日(土) フルーツジュース
朝からニュースでは帰省ラッシュを伝えている。1日蒸し暑い。
先日の納涼会で残ったスイカを、シェフがジュースにしたり、リキュールを垂らしてシャーベットにしてしてくれる。自然な甘みで口の中と体がすっきりする。パイナップルもミキサーを強力にかけてジュースにすると泡だって美味しい。
8月12日(金) 女子棒高跳び  
金曜日は本店向かいのスポーツジムが定休日。前の通りも静かである。
終業して帰り道、西友で買い物して出ようとしたらドシャ降りの雨。しばらく雨宿りする。帰宅してビールを飲みながらヘルシンキで開かれている「世界陸上競技」を観る。女子棒高跳びのロシアのイシンバエワ選手はスゴイ!美人でフォームも美しい。見とれてしまう。世界新記録5m1を余裕で跳んだ。これからどれだけ記録を更新するか。
8月11日(木)
お盆休みに入る人が多いのか、発送や持ち帰りギフトが多い。
8月10日(水) 納諒会
午前中、タップダンス教室へ。一番年長の方は80歳位だと聞いてビックリ。60歳後半かと思っていた。「お医者様にもハードなことやるねと言われたけど、使わないとどんどん動かなくなるから、皆さんにはご迷惑かもしれないけど、自分なりに一生懸命やっているのよ」今日も赤いTシャツを着て一緒にタップを踏まれる。その意欲に励まされる。
今夜は店は7時に終業して、恒例の「社長の誕生会&納涼会」本店裏の駐車場でバーベキューをする。従業員の他にも悟郎くん兄弟や知人も来て下さり、ちょうど帰省中のアンザイママが4人の子供たちとワンチャンを連れて来たので、花火をしたり、スイカ割り(カワカミさん差し入れのビッグ西瓜)をしたりと大賑わいだった。
お肉や野菜の他に北海道のヤマダさんから送ってきた魚介類も焼き、奈良みやげの「柿の葉寿司」ハマオカさんの「手打ちうどん」ビールはもちろん、ワイン、親戚から送ってきた壺に入った芋焼酎などもあり10時過ぎまで賑わった。
8月9日(火) 人手が足りない
暦の上では立秋になったがまだ暑い。午後一時的に大雨が降るがその後晴れてすぐに乾いてしまった。
8月はお盆過ぎに3日ほど夏休みをとる。今年は母の新盆なので、別府の主人の実家へ帰ることになった。「昨年はどうしたっけ?と主人。昨年の日記を見ると娘たちも一緒に塩原温泉の格安温泉に行っていた。
スモークハウス店では7月一杯でパートさんが1人辞め、今月になって製造の男性1人も急に辞めてしまった。先月後半からタモン君は衛生管理者の講習会に9月まで毎日通っているので人手が少なく、主人とハマオカさん2人で朝から製造をやっている。2人とも若くないので大変そう。募集の張り紙を出す。
8月8日(月) 写真 
土曜日の集まりの楽しい写真をたくさん撮ったので。HP上にアップしょうと試みるが出来ない。たまにcfカードからの取り込みが悪いのか、マイピクチャの中では見れるのにHPではopen出来ないことがある。やり方だけでシステムを理解していないからお手上げ。こう暑いと説明書を読む気にもならない。
8月7日(日) 東福苑 
東京は今月に入ってから連日猛暑。夕立も降らないからたまらない。昨日昼間のお客様はパナマ帽をかぶっていらした「その帽子いいですね」「綿より涼しいね。あと(この暑さも)2週間だけどね」
午前中バロックアンサンブル。終ると横浜から来ているモリタさんと本店でランチ。彼女は「焼きソーセージセット」私は「ビーフカレーセット」を食べながらおしゃべりする。
夕方、「焼肉が食べたいな」という主人と富士見通り奥の「東福苑」へ行く。店内は満員だった。先月中頃は蒸し暑さで体調が悪かったが、暑さにも慣れてきたのか、夏バテに体も要求しているのか、久しぶりに食べた焼肉はとても美味しかった。サッパリとした自家製の「オイキムチ」が絶品。10年位前はよく通った店である。店の佇まいも味も変わらないが、ママさんに似た娘さんたちがよく働いている。「お母さんはお元気?」「元気だけどほとんど店には出ていない」そうだ。
8月6日(土) 赤ん坊から70歳まで    
今日は広島に原爆が落とされた日。「原爆死没者慰霊式、平和記念式」も60回を迎えた。今日から全国高校野球大会も始まった。全国各地区から勝ち抜いてきた球児たちが、開会式に元気一杯行進する姿はいつ見てもいいものだ。「戦争中はこの大会も4〜5年中断された。こうして野球が出来るのも平和であってこそ。そのことを忘れないでほしい」という挨拶があったが同感である。
夕方6時からノイフランクでは、長年家族ぐるみで親しくしている「7人会」の集まりがあった。主人とイシダさんの還暦祝、遅ればせながらイシダさんの長男ユウイチロウさんの結婚と女児誕生祝、うちの次女の女児誕生祝も兼ねているので、大人19人、子供2人、赤ちゃん2人と総勢23人。
還暦の2人には赤いラルフローレンの「野球帽」と「サンバイザー」を進呈。70歳を迎えられた一番年長のサカイさんのピアノ演奏と郷里熊本の「正調五木の子守唄」の披露、みんながアッと驚いて拍手喝さいだったのは、コバヤシミチタカさんの新聞紙の中に消えた白ワインが、再びグラスに注ぐと赤ワインに変わる手品。次回がまた楽しみ。
何より7ヶ月と3ヶ月の赤ちゃんは人気の的。賑やかな中でも、お腹がすくと泣き、おっぱいを飲み熟睡して、起きると楽しそうな雰囲気が解るのかご機嫌で、みんなに抱っこされていた。ついこの間誕生祝をしたように思うヤマノ家のユナちゃん(小学3年)、タクミ君(4才)もすっかり大きくなった。
前々から予約してあったのでシェフもハム・ソーセージは一切出さずに手の込んだパーティー料理を用意してくれたし、飲み放題の他に大吟醸「美羽」や持参のワインも出てきて、9時過ぎまで楽しい集まりをすることが出来た。
8月5日(金)
先日電話をくれた同級生のタニさんから、ギャラリー「名和屋」のホームページも見てくださいと便りがあった。江戸時代からある古いお屋敷では時々音楽会が開かれている。是非一度訪ねて見たい。
8月4日(木)
会計の整理。
8月3日(水) 若い人達 
どうしようもなく暑い。
しばらく休んでいたアルバイトの大学生オオニシさんは、青春18切符で、松本、中仙道、京都、姫路、倉敷、福岡と旅行をしてきそうだ。長崎まで行く予定だったが、歩き回ったのでさすがに疲れてしまい飛行機で帰ってきたと言っていた。
パートのオオタニさんの今年高校生になった息子さんは、友人と愛知万博に自転車で出かけたそうで「テントや寝袋は装備してるけど、考えが甘いから大丈夫かしら」と心配していた。そんな強行軍な旅が出来るのも若いうちで、いろいろ経験するのはいいことだ。
夜、レストランは鉄道総研の若い人達で13人の貸切だった。子供が生まれた人のお祝い会で「ちょと僕が先行していますが、みんなも早く社宅に来てください(家庭を持ってください)」という主賓の挨拶は笑えた。同期なのかみんな楽しそうにビールを片っ端からよく飲まれた。「オイ、5000円で足りるのか」「5〜6杯飲んで大丈夫です。勘定していますから」と幹事さん。10%引きのクーポンを持参ししっかり予算内に収めたのには驚いた。
8月2日(火) 新しい飲み屋  
今日も暑い。午前中歌のレッスンに行き、帰りに本を数冊買って帰る。
本店の先の以前コーヒー店だったところが辞めて、「むう」という小ぎれいな飲み屋になった。まだお客さんが少ないこともあるが、料理好きの美人のママさんが1人でやっているとかで主人は何度か行っているし、友人にも触れ回っている。終業後、私も寄って生ビールとじゃが芋の煮っころがしと茄子のおひたしと稲庭そうめんをいただく。スポーツジム帰りのハンタさんも来る。ママさんも感じの良い人でみんなで楽しく話しながら飲む。
8月1日(月) 姓名の暗号
夏真っ盛りとなった。銀行や郵便局の用を済ませると1日家で過ごす。
主人が「姓名の暗号」という本を買ってきた。今年ベストセラーになっているという。単なる姓名判断ではなく、「運命は生まれる前に決定され、人生の明暗は名前から読み解かれる」そうだ。占いには興味がある。自分の意思で生まれてきた人はいない。親は子供の名前に苦労する。そこには親先祖の思いが引き継がれているとは感じていたが、特に祖父母の魂が生きる目的を指示しているという。早速、自分や周りの人に当てはめてみるとなるほどと思える。
私は1月7日に生まれた最初の子で、父は正月の間待ちわびていたのだろう。元日の元をよき日と読んで「元子(よしこ)」と名づけた。旧姓でみてみると、バランス感覚に優れ、棟梁運と人望に恵まれているという「順序型」。第1子魂の長女相である。自分の親や兄弟の世話をすることになったのもうなずける。結婚してからの姓でみても、波乱は多いが乗り越えれば道が開けるタイプの「中二差型」。いろいろな意味で父や祖父が守っていてくれるような気がする。

HOME 本店 ・レストラン スモークハウス(工房) 製品ギフト